2010年6月19日土曜日

岡本真夜 引退 から救ったそのままの君でいて。

岡本真夜 引退 から救ったそのままの君でいて。


岡本真夜 と言えば上海万博で、そのままの君でいてが盗作されていたと話題になりましたが、実はこの騒動で、 岡本真夜 は 引退 を逃れた裏話があります。


岡本真夜 ベスト 上海万博の盗作が追い風!?


これは、ご存知の方も多いでしょうが、 岡本真夜 ベスト 発売前に上海万博の盗作疑惑が浮上し一躍時の人に返り咲いた。そんな 岡本真夜 の事を第二の黄金期が来たと話す人もいる。


岡本真夜 と言えば、なんと言ってもヒット曲が、「tomorrow」ですが、その頃は、ドラマの主題歌に無名の新人歌手 岡本真夜 が抜擢されると言う異例の事態でした。


そんな 岡本真夜 は、幼い頃から苦労していた。
祖父母に養女として育てられ、それが原因で、小学校、中学校といじめを受けていた。


しかし、高校に入って出来た友人がのちの親友となるのだが、誰よりも 岡本真夜 の事を応援し、内気な 岡本真夜 が、歌手の夢を抱いたときも全面に応援してくれたのだという。


そんな親友がいたからこそ上京を決意し、祖父母の反対を押し切って東京に上京出来たのだろう。


その頃の 岡本真夜 は、曲を作ると言う事をしておらず、事務所から曲を50曲作ったらデビューさせてやると言われたそうだ。


しかし、ノウハウがない 岡本真夜 ・・ ピアノは弾けるが曲など作った事がない。。
そんな 岡本真夜 が取った行動は、「鼻歌で作曲」だ。
アルバイトの時でも思いついた鼻歌があればすぐに自宅の留守電に入れ徹底して鼻歌で曲を作り上げた。


そんな苦労の中、デビュー。親友も大喜びだったという。
親友に久しぶりにあった際に、お互い社会人として揉まれており、少し親友が元気がなかったので、親友の為に作ったのが、「そのままの君でいて」だ。親友は自分のために?と大喜びしたのは、言うまでもない。


しかし、そんな 岡本真夜 を常に陰から応援し、支えてくれていた親友は、若くして他界した。。


そして、順調と思われていた、歌手としての 岡本真夜 にある日突然、不幸が襲いかかる。。


「メニエール病」だ。ストレスからくるものだと言われているが、耳が聞こえなくなり、声も思うように出ない。。


「引退しよう・・」 そう考え精神的にもボロボロだった時期に上海万博のあの騒動が起こった!?



岡本真夜 ベスト 上海万博の盗作が追い風!?



日本でも中国でも一気に 岡本真夜 は注目をあびまさに息を吹き返したかのようになり、メニエール病も次第に治まって行ったと言う。。


その 岡本真夜 を救った曲が、偶然なのか?今は亡き親友のことを思って作ったそのままの君でいてだった。。






あの騒動での経済効果は、20億と言われている。
まさに第二の黄金期だ。


亡き友人が、何をそんな事でへこたれてるのよって天国から言われた気がしたと 岡本真夜 は話す。

まさに、引退を考えた 岡本真夜 の奇跡の復活劇だ。